自転車競技「オムニアム」 梶原悠未選手×マネージャー 梶原有里さん×当社社長 小野寺洋子

五輪中、メディアからの情報は、あえて見ないようにしていました

-東京五輪では8月8日最終日が自転車競技でしたね。メダル確実と言われ続けプレッシャーもおありだったと思いますが、どのようなお気持ちで当日を迎えられましたか?

《梶原選手》実は会期中は、テレビはじめメディアからの情報は、自分の試合の日まであえて見ないようにしていました。

《有里さん》緊張を和らげるために、私から、そのようにした方が良いんじゃないかと提案したんです。という私も、試合の日まで他の選手のメダル獲得などの情報を見ては、心の中でかなり緊張していました(笑)。

梶原悠未選手
梶原有里マネージャー
光英科学研究所,社長,鼎談

-五輪中、ご自身の試合までどんな風に過ごされたのでしょう?

《梶原選手》練習のほかは、ずっと本を読んでいました……。お世話になった筑波大学の先生の教えなのですが、集中力を高めるためにスマホのゲームは逆効果なので、本を読むことに徹して過ごしました。オリンピックの選手村が、ここ、ラフォーレ修善寺さんで、私は敷地内の「伊豆マリオット・ホテル修善寺」さんに宿泊していたのですが、露天風呂があるとても良い個室を用意してくださって……あまりに嬉しくて空き時間はゆっくりお風呂に入ることが多かったですね。本日の取材がそのラフォーレ修善寺さんで行われると聞いて大変驚いたんですが、今また、とても懐かしくそのときのことが思い出されます(笑)。

-今回の対談は、梶原選手の活動拠点が伊豆でいらっしゃるのでラフォーレ修善寺さんを取材会場として設定したのですが、とても奇遇ですね。ところで、会期中、マネージャーでもあるお母様はどのように関わられたのでしょうか?

《有里さん》コロナ禍ということもあり、宿舎には選手以外立ち入ることが出来ませんでしたから、数週間の間、毎日電話で1~2時間話してコミュニケーションを取っておりました。メディアの情報を遠ざけるよう勧めたものの、話す内容がどうしても五輪のことになってしまいます。私がテレビで金メダルを獲った選手の顔を拝見すると、一様に最初から最後まで素敵な笑顔だったことが印象に残ったもので、そのことはしっかり伝えました。

《梶原選手》「悠未ちゃんも本番はずっと笑顔でいた方がいいよ、そうすれば金メダル獲れるよ」と言われ続けました(笑)。

-お母様流のメンタルトレーニングともいえますね。

《梶原選手》これは元マラソンのトップアスリートの方からいただいたアドバイスなのですが、試合の日、日本選手は控え目なのか、各国の選手が大勢いらっしゃると端っこに行ってしまいがちなんですがそういうことはせず、競技場に入ったらまず一番真ん中に立って周りを見渡して、とにかく笑顔で楽しむことだと。そうすることで自分がこの試合の中心なんだと自覚をさせる、そして緊張を解放させることが出来る、このことを心掛けました。

-アスリートでなかったとしても参考になるメンタルケアですね。

《梶原選手》はい、精神面を保つことの大切さは、五輪後に行われた世界選手権でも実感しました。体のコンディションも万全で臨んだ試合だったのに、いざ走ってみると「ここでペダルを踏み込まなきゃ」というところで力が入らない……そんなことがあって結果が伴わないレースが続いてしまいました。パリを目指す決意に対して、自分のことを自分自身で追い詰めてしまったのが原因かと思います。メンタルケアの大切さをつくづく感じました。

ラフォーレ修善寺にて
女子自転車競技
オムニアム女子

母娘二人で世界に羽ばたこう

-東京で銀メダルを獲得されたその日に、次の五輪・パリに行くことを宣言されました。

《梶原選手》はい、やはり金メダルを獲得したい。絶対にパリ五輪に行きたい、という気持ちになりましたし、母にもそう話しました。

《有里さん》もちろん私も同じ気持ちでしたが、銀メダルを獲得した直後は、次につなぐためにもいかに良い形でメディアにとり上げてもらうかが鍵でしたので、私はメディア対応に奔走しておりました。こういったことは、各メディアの記者さんとの関係作りなども含め、マネージャーの重要な仕事です。

-東京五輪は国内でしたが、海外で行われる試合でのご苦労はありますか?

《有里さん》やはり、自身で遠征費を捻出しなければならない時は大変です。さらにコロナの状況で海外渡航が制限される現状で、出入国のたびに隔離期間が必要という大変さも加わります。そのような中、昨年の「トラックチャンピオンズリーグ」への参戦は、飛行機の手配、宿泊先の手配、宿から競技場までの交通手段の手配まで、すべて私たち自身でなんとか対応しました。

《梶原選手》「トラックチャンピオンズリーグ」は自費で試合に臨みましたので、資金面が追い付かず、自転車整備をお願いすべき専任のメカニック担当を雇うことも難しい状況でした。でもここは、母娘二人で世界に羽ばたこう、挑戦しよう(笑)という気持ちで、「逆に様々な体験が出来ることを楽しもう」と。

小野寺洋子
光英科学研究所,社長
スポンサー,対談

-そして、スイスの自転車プロリーグからオファーがあったそうですね。

《梶原選手》はい、参加することにしました。パリで金メダルを獲得するためにも、海外の強い選手と戦っていろいろな経験を積まなければならないし、武者修行のつもりで渡航することを決意しました。

-なるほど、国内ではご自身がトップにいらっしゃるわけでもっと他流試合を、というところですね。海外でもますますご活躍の毎日ですが、将来的なご自身のライフイベントのことは考えませんか?

《梶原選手》考えることもあります。海外で触れ合う選手の中には結婚、出産後も長く自転車競技を続けていらっしゃる方がいて、自分もそんな姿に憧れて、尊敬しています。自分も、他の選手の夢やお手本となる人間になっていきたいと思います。

《有里さん》悠未の自転車選手としての活動は、スポンサー企業様をはじめ、いろいろな方々のご協力によって成り立っています。多くの方々の健康に貢献している光英科学研究所さんのような企業から応援をいただけることに、大変感謝しています。

インタビュアー
インタビュアー,小野寺洋子
自転車競技,オムニアム
梶原悠未,アスリート

株式会社光英科学研究所 代表取締役社長 小野寺洋子(写真・右)

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