2020.12.15

身近雑記

第120回 乳酸菌生産物質のルーツと共棲培養

私の社長ブログも今回で120回を迎えることが出来ました。

同時に、今月19日の誕生日にて80歳になります。

そこで傘寿の節目として、これまで賭けて来た乳酸菌生産物質の研究とそのルーツについて振り返ってみたいと思います。


今から120年前にフランスのパスツール研究所の微生物学者、イリヤ・メチニコフの「乳酸菌による不老長寿説」が発表されました。

この説に感銘を受け、乳酸菌の研究に取り組んだ医師の正垣角太郎氏は私の師にあたる正垣一義先生のお父上であります。

同氏は1914年に日本で初めてのヨーグルト「エリー」を製造販売しました。

その後、研究は長男の正垣一義先生に引き継がれました。

昭和4年(1929年)にエリー株式会社を設立し、4種類の乳酸菌の共棲培養による製品(生菌)の販売をしました。

昭和12年(1937年)になると京都から東京へ進出、潤生ソキン株式会社として8種類の乳酸菌の共棲培養へと進化した「ソキンL」を販売しました。

正垣先生はこの時点で乳酸菌の商品を完成させたと自負していましたが、当時中国大連にあった本願寺関東別院内の大谷光瑞農芸化学研究所所長の大谷光瑞師との出会いによって、乳酸菌の研究を大転換する運命となります。

  大谷光瑞師     正垣一義先生

大谷光瑞師は大正天皇の義兄にあたる浄土真宗西本願寺第22代法主であり、仏典にある「香」や「薬物」の栽培の研究をされていて、特に香科学・植物学・薬物学に関しては非常に専門性の高い知識者であり、最後に取り組んでおられたのが「細菌学」でした。

その折、正垣一義先生と出会い、その乳酸菌研究の実績を高く評価した大谷光瑞師は、正垣先生を研究所の次長に任命しました。

ここで「乳酸菌は生きた菌ではなく、その代謝物が大事である」という教えが授けられたのです。

その教えのもととなったのが、仏典「大般涅槃経」中に書かれていた「醍醐」でした。
醍醐とはこれ以上ない最上の食べ物を意味します。

仏典の中で、発酵食品には、乳→酪→生酥→熟酥→醍醐の5段階があり醍醐こそが発酵の極致であり、代謝産物だったのです。

そして、正垣先生は16種の乳酸菌を共棲培養して得られた代謝産物からなる製品
「スティルヤング」の開発に成功しました。昭和19年(1944年)のことです。
これこそが現在の乳酸菌生産物質の元祖なのです。





大谷光瑞師はその完成後まもなく遷化されますが、正垣一義先生は師の命を受け日本の敗戦後、東京銀座に寿光製薬株式会社を設立し、乳酸菌代謝物質による製品「スティルヤング」を製造販売し全国的に拡販活動を行いました。

このとき、山口県エリアで拡販員をしていたのが私の母でした。

その縁で、私は8歳の時に乳酸菌生産物質とめぐり合うことになったのです。昭和23年(1948年)の事です。

昭和24年・25年と2回にわたり国会にて「長寿論と有効細菌」と題し講演を行った正垣先生は、文部大臣・厚生大臣から賞詞を受領して、大谷光瑞農芸化学研究所を東京・目黒区洗足に移設しました。

9年後の昭和34年(1959年)に母の強い勧めもあってこの研究所へ入社した私は、正垣一義先生から厳しい教育を受けることとなったのです。


乳酸菌の理論や発酵技術だけではなく、感性をはじめ精神的なものを大切にしてゆくことが研究姿勢に欠かせないことをたたき込まれたのです。

乳酸菌の二歩も三歩も先を行く研究開発でしたから、製品の良さに理解を示す企業も出てきましたが、正垣先生と企業側との間でポリシーの相違があり、なかなか事業連携には至らず財務的に厳しい状況が続きました。

正垣先生の目的は、戦後30年にして日本を世界一の文化国家にするために、国民の健康に貢献できる企業造りにあったのです。

そして昭和44年(1969年)、正垣先生は培ってきた技術の火を消さず後世に継承するために、光英科学研究所の社名にて事業と研究の続行を私と私の義母、金廣シズ子に託したのです。




以降、昼は無線機メーカーのサラリーマン、夜と休日は乳酸菌の研究と二足のわらじで技術の火を絶やさぬようやってまいりました。

事業としてコンサルタントを通じて大手を含む様々な企業と交渉を進めましたが、ヨーグルトはかなり普及していたものの、乳酸菌という言葉は一般に知られていなく、「乳酸菌生産物質」となると知名度はゼロに等しく、ましてやその価値を理解していただくのは至難の業でした。

この生活が23年続いた、平成6年(1994年)53歳の時に運命の扉が開いたのです。

食品の全国販売をしている実績のある企業が品質力を評価して全面的に採用することとなり、光英科学研究所も法人化して再び乳酸菌生産物質一筋に研究人生を歩むことになったのです。




法人化してから26年、乳酸菌の代謝物であり、人の腸内フローラの腸内菌の構成に限りなく近い16種35株の善玉菌からなる乳酸菌生産物質は、その体感の良さとリピート率の高さから今では多くの皆様に愛用されるようになり、世の中が乳酸菌の商品で賑わう中でひときわ輝いて来ております。

現在では多くの企業から販売され、受注に従って増産を重ね、来年1月からは1トンタンク3基と増設した2トンタンク1基の稼働により、大量の受注を受ける状況となりました。

これで先代の正垣先生の遺志を継ぐ「国民の健康に貢献できる企業」の一歩を踏み出すことが出来ました。

これ、偏に愛用者の皆様方のおかげと深く感謝しております。

この回で社長ブログも今年の最終回となりますが、コロナ禍は収まる気配はありません。

どうぞお体に愛情をかけるために乳酸菌生産物質のご愛用をお忘れなくお労りくださいますようお願い申し上げます。



光英科学研究所 村田公英 会長ブログ【私考欄】は絶賛更新中です。社長時代のブログは、『「乳酸菌生産物質」に賭けた人生1・2(村田公英の社長ブログ『私考欄』より)』に書籍化されておりますので、本サイト掲載以外の回は書籍にてお楽しみください。

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