2013.06.12

自分史

第14回 新たな出発

今まで13回に渡り、私の身の上話と、乳酸菌生産物質の生みの親である大谷光瑞農芸化学研究所の正垣所長の研究について、お話をしてまいりました。


村田近影72歳6ヶ月当時
過去を顧みますと、色々なことが思い出されますが、53才にて無線機メーカーを退社して、光英科学研究所を法人化することで、正垣所長の遺志であった「人々の健康のために乳酸菌生産物質を世に広く普及すること」に専念することができました。改めて、乳酸菌生産物質に対する運命を感じ、さらなる使命感に燃える思いでございます。


光英科学研究所を法人化した当時は(19年も前の事ですので)、乳酸菌といってもヨーグルトは普及していたものの、「乳酸菌生産物質」というものを理解していただくのは、それは至難の業でした。


それでも乳酸菌生産物質をお試しいただき、体の調子が良くなった方々がお客様になってくださり、その方々の口コミで広めていただいたのが実情です。


そのころ乳酸菌研究の学術界においては、東京大学名誉教授光岡知足先生が、腸内環境と腸内細菌の関係について着眼され、理化学研究所で腸内フローラシンポジウムも発足されていましたが、まだまだ乳酸菌の代謝物における研究は途上にあったと推察しております。



乳酸菌生産物質の販売に関しては、30年に渡り普及活動に従事してくださったコンサルタントの方と協力しながら、主にOEMで活動をしました。そして、その品質を実感してくださった経営者の方々に出会い、販売をして頂くことができました。大切なご縁に、深く感謝しております。
因果
さて仏教には「因果」という言葉があり、直接的原因(因)と、間接的条件(縁)との組み合わせによって、様々な結果(果)が生み出されると言われております。


正垣所長は、大正時代から乳酸菌の研究に取り組み、乳酸菌8種類の共棲培養を確立した後に大谷光瑞師と出会い、乳酸菌の代謝物の重要性に気付かされました。これらが「因」とすれば、それに共感して集まってくださった方々の力が「縁」であり、そして乳酸菌生産物質が普及するという「果」が生み出されたものと思います。

改めて、愛用者の皆様に深く感謝を申し上げます。


さて、これからのブログは「新たな出発」と題し、「私考」の立場から、乳酸菌生産物質についていろいろな角度から、みなさまにお話をしたいと考えております。腸内にて生息している善玉菌、共棲培養の必要性、人の健康との関連など、お話したいことが山ほどございます。

8歳から現在(72才6ヶ月)に渡り、乳酸菌生産物質を飲み続けた者の話として、このブログを引き続きご覧いただければ幸いです。

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