2014.11.15

自分史

第3回 ラジオとの出会い

乳酸菌生産物質の魅力にとりつかれ、今や乳酸菌生産物質の製造・研究開発に没頭する日々を送るようになった私ですが、元来、物事に対する興味や探究心が旺盛な子供でもありました。
bb1113_01.jpg太平洋戦争終戦の直前、私がまだ4歳の頃。タンスの上にある小さな箱から軍艦マーチが流れ「東部軍管区情報・東部軍管区情報」と繰り返す声が聞こえてきました。箱の中央には小さい窓のようなものがあって、明かりがほんのりとついていました。
その小さな箱は“ラジオ”というものでした。
ラジオ
そして、家の中庭で近所の人達が深さ3mに及ぶ四角い大きな穴を掘っているのを見ましたが、それが防空壕というものであることを知ったのは、後に学校に通うようになってからです。太平洋戦争の末期、本土決戦もやむを得ずの戦況下にあったのを理解できなかったのは幸いでした。とにかく幼い私は、ラジオという小さな箱から音楽や声が流れてくるという現象について、大変な興味を持ったのです。
小学校に入ってからは、技術雑誌を見ては町のラジオ屋さんに駆け込んで、ラジオ用の部品を取寄せてもらいました。そして自分でラジオを組み立てた後、またバラバラにするという作業を繰り返しました。いつまでもラジオに対する興味は尽きませんでした。
自分の手で組み立てたラジオが電波を受け、音を醸し出す瞬間の感動は、言葉に表せないほど深く私の心に刻まれました。そして更にラジオの仕組み、音が聞こえてくる原理について理解したいという探究心が目覚めてきたのです。
思えばこの電子部品いろいろラジオに対する体験が、後に乳酸菌生産物質を通して、乳酸菌の本当の姿を探求し続ける今の私に繋がるのではないかと感じる時があります。真相に対する探究心を出発点に、様々な現象が哲学的という解釈に留めず科学的に解明されていくことは、この世の中にとって大変素晴らしい事なのではないでしょうか。現代の最先端の解析技術の進化による貢献も、大変大きいものと思われます。
さて、小学生の私が電子工学を完全に理解するのは無理でしたが、全ての物体は「電子」から成り立っていることと、地球上の万物は「電子」が最小単位であるということ、そしてラジオの場合はその電子が真空管の中を飛んでいるということを理解し、幼心にも満足したのでした。
そのような訳で、「進路は電子工学関連」と固く心に決めていた私でありました。
その時はまだ、自分が乳酸菌の魅力に取りつかれることなどは、想像もしていなかったのです。

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