光英科学研究所 村田公英会長ブログ【私考欄】

2021.04.23

身近雑記

第125回 コロナ禍で活かす「笑い」そして、腸活の知恵

4月19日のNHK番組「あさイチ」に松岡修造さんが出演してコロナ自粛生活を乗り切るための気持ちの転換法を伝授していました。 ネガティブになる気分をポジティブにするのは「笑い」だそうで「つくり笑い」でもいいから常にニコニコして行動することが大切だ...

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2021.03.31

身近雑記

第124回 新型コロナ禍に学ぶ「腸内環境と免疫力」

新型コロナウイルス感染拡大で、その勢いは衰えを知りません。 切り札とされているワクチンの接種もまだまだのようです。 特効薬も無く、頼れるのは自分自身に備わっている免疫力だけと思っている今日この頃です。

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2021.03.03

身近雑記

第123回 実践 傘寿からのプロダクティブエイジング

「私考欄」も今回から会長ブログとなりました。 今後とも今までと変わらずご愛読いただきますようお願い申し上げます。 1年程前に、本欄第107回で「80歳からのプロダクトエイジング」について掲載致しました。 <...

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2021.02.10

身近雑記

第122回 光英科学研究所 村田公英会長ブログ「私考欄」

代表あいさつのページでもご案内しました通り、私は令和3年2月8日付けにて、株式会社光英科学研究所 代表取締役社長を退任して、代表取締役会長に就任致しました。 会社経営実務については、長女であります小野寺洋子が代表取締役社長として遂行してまいりますので、何卒よろし...

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2021.01.28

身近雑記

第121回 「乳酸菌生産物質」に賭けた人生②発刊

このたび社長ブログ「私考欄」の第64回(2017年6月21日)から第120回(2020年12月14日)まで、ホームページに連載した57回分の記事をまとめた”「乳酸菌生産物質」に賭けた人生②”を出版する運びとなりました。 これは2017年8...

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2020.12.15

身近雑記

第120回 乳酸菌生産物質のルーツと共棲培養

私の社長ブログも今回で120回を迎えることが出来ました。 同時に、今月19日の誕生日にて80歳になります。 そこで傘寿の節目として、これまで賭けて来た乳酸菌生産物質の研究とそのルーツについて振り返ってみたいと思います。

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2020.03.31

私的腸内細菌論

第110回 テレワークと乳酸菌生産物質

昨今の新型コロナウィルスの蔓延により、自宅でテレワークを余儀なくされている方が多いと思います。 会社へ出勤し仕事するにしても、相手の会社へと訪問することがかないませんので、テレビ会議に振り替えるなどの配慮をされているのではないでしょうか。

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2020.01.28

身近雑記

第107回 80歳からのプロダクティブエイジング

プロダクティブエイジングとは一般的に、高齢者の8割以上を占めている元気な方々が、地域社会や家庭生活の中で積極的に活躍しながら、社会貢献活動にも目を向けることを提唱する考え方のことです。 であれば、この活動をするには各々が健康であることが最低条件となってまいります。

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2019.07.18

光英科学研究所について

第98回 さらば戦友

弊社元取締役会長であり、私の義母である金廣シズ子は、令和元年7月6日、95歳にて生涯を閉じました。 ...

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2015.08.03

私的腸内細菌論

第37回 腸内フローラとクオラムセンシング

私たち人間が、言葉を用いて他人とコミュニケーションをとりながら生活しているように、腸内フローラを形成している細菌たちも常にコミュニケーションをとりながら生命活動を営んでいます。   ヒトと違って目も口も耳も鼻も無い細菌は、増殖する際に栄養物を...

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2014.12.26

私的腸内細菌論

第29回 フレンドリーコミュニケーション

平成26年最後のブログとなりました。今年お読みいただいた皆様に厚く御礼申し上げます。   さて、今回のキーワードは、コミュニケーションです。それも「フレンドリーコミュニケーション」です。「フレンドリーコミュニケーション」があってこそ、物事が良...

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2013.05.02

自分史

第13回 光英科学研究所の創立

前回の話の続きになりますが、当時、残念ながら財政的に研究所をそのまま続行することができなくなってしまいました。正垣所長の元で働いていた私も金廣も、仕事の転換を余儀なくされました。   しかし正垣所長としては、長い間に培った研究成果や将来への展...

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2013.02.14

自分史

第9回 光英科学科学研究所のルーツと大谷光瑞農芸化学研究所

これまで私の若き日の研究所生活についてお話をしてきましたが、その研究所である「大谷光瑞農芸化学研究所」の歴史について、今回はお話ししたいと思います。   乳酸菌生産物質の生みの親であり、私の研究所時代の所長であった正垣一義氏の研究は、京都の地...

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2012.12.27

自分史

第6回 研究所での生活

将来に希望を持ち東京へ出てきた私を待っていたのは、研究所での厳しい教育でした。   まず起床すると、そのまま正座して10分間「静慮法」というものを毎日励行します。10秒間ゆっくりと息を腹に吸い込み10秒間ゆっくり出すというのを10分間行い、心...

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2012.10.25

自分史

第2回 スティルヤングと母

私が8歳になった1948年(昭和23年)のある日、母が茶瓶の中に醤油のような液体が入ったものを見せてくれました。これは、スティルヤングという名称で、飲むと体に大変良いものだと説明してくれました。水に希釈して飲んでみると甘くて少し酸味があり、当時にしては美味しい食感を得ました。 ...

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